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番外・私がボルヘスに至るまで


 私がボルヘスを読むようになったのは、『紙葉の』がきっかけではない。

 大学入学当初、私は図書館にて、国書刊行会の発行している「書物の王国」というシリーズを偶然手に取った。第一集は「架空の町」というテーマで、その中に『トレーン、ウクバール、オルビス・ティルティウス』が入っていた。壮大なスケールと特殊な言語体系、緻密な設定によって架空を限りなく実在に近づけるその手腕につくづく感服した……のはかなり後の事で、その時は「タイトルが長ぇー言語体系作っちゃうなんて凄ぇー一人だけ作ってる世界の規模がでけぇーていうか町じゃねぇー」位にしか思って居なかった。そして第二集「夢」にも再びボルヘスが「円環の廃墟」で登場。実はこれ以降書物の王国シリーズにボルヘスの作品は登場しないのだが、私はすっかり『ボルヘスは常連だ』と思い込み、「書物の王国」の余りの面白さからその名前を記憶に留めるようになったのである。

 その年の8月、数年振りに私は『紙葉の』と相見えた。読んでいる間何度かボルヘスの名前を見た気がするが、それでもまだ著作を求めて没頭するには至らなかった。

 「書物の王国」から出て、紆余曲折を経、『紙葉の』に迷い込み、そして出てきた私が初めて手にしたボルヘスの本は、晶文社クラシックスの『幻獣辞典』だった。(この訳と後書によって柳瀬尚紀にも一目置く事になるのだが、それはまた別の話。)

 頁をめくる度に特異な出生と性質の動物が次々私の前に現れる。架空の動物が好きなのでそれだけでも楽しめるところなのだが、それよりもボルヘスのあの博識な解説!目眩めく知としか云い様が無い。時も場所も、伝承も小説も超えて、深遠な歴史を血肉に備えた獣達の存在を知れるのだ。ちなみにこの本からは、『紙葉の』で謎に満ちていた「ペリカン」の答えを見つけ出した。ペリカンに限らず、博識なボルヘスの著作からは、私が『紙葉の』を読む上で役に立つ知識を沢山教えて貰っている。

 『幻獣辞典』を読んで「ぼるへすはスゲー人」という認識を直に得た私は、行きつけの本屋・ヴィレッジヴァンガードで(『大学の図書館に「も」殆ど置かれていない!』)ボルヘスの本を数点見つけ、背筋に汗をかくほど興奮しつつ、同時に財布の事を考えて違う汗をかきつつ、平凡社ライブラリーの『エル・アレフ』と講演集『ボルヘス、オラル』を購入した。ボルヘスと言えば「伝奇集」や「砂の本」が代表作としては有名だと思うが、それらには大分後で辿り着いた。初めて追体験する考え、聞いたことも無いような言葉、時折自分の理解力の無さをを恨めしく思いつつ、それでも完全に彼の見せてくれる世界に魅了された。以前は「好きな作は?」と尋ねられても中々思い浮かばなかったものだが、今ではまず彼の名前を挙げる。

 講演記録集『七つの夜』やエッセイなどでボルヘス自身の言葉に触れるにつれて、本人にも深い尊敬を抱くようになった。特に『七つの夜』の第一夜『神曲』で、真摯な愛と情熱を以って語る様子にはやられた。「あらゆる文学の頂点に立つ最高傑作」という言葉を前面肯定するくらい、私もその本が大好きなのだ。思わぬ共通点があると知って、謎の博識大作が一気に近しい存在になった。
 短編小説や講演記録に限らず、ボルヘスの中から紡ぎ出されるものには古今東西の文学の豊かなエッセンスが一杯詰まっており、彼が紹介していたのをきっかけとして出会えた本も沢山ある。

 私の文学の先生にいつかお礼が云いたいものだ。。


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